Die Deutschland Reise 2017
2017 ドイツ演奏の旅


LAST UPDATE 2018/08/16





 1976年5月、エスポワール吹奏楽団がイギリス・ハロゲイト音楽祭に参加した折に、共に参加したことがきっかけで ドイツ、バイエルン州ブルクレンゲンフェルト市 Knabenkapelle St. Vitus(当時の名称 現在はMusikkapelle St. Vitus)との交流が始まりました。

 今回、2017年、St. Vitus 創立50周年、日独交流40周年の記念式典出席のため、ESP吹奏楽団、花園高校生がブルクレンゲンフェルト市を訪問しました。

 2017年夏訪独交流を、私「TANGO」の視点で記録したものをご覧いただきたいと思います。
 
 2017.8.7(Mon)   2017.8.8(Tue)   2017.8.9(Wed)   2017.8.10(Thu)
  2017.8.11(Fri)   2017.8.12(Sat)   2017.8.13(Sun)   2017.8.14(Mon)
8月7日(月) 出国前日

ドイツ、バイエルン、ブルクレンゲンフェルトへの旅行

僕にとっては、14年ぶりのブルクレンゲンフェルト行きです。

僕のホストファミリーは今回も「ハンスとウスラ」のグラッツル家です。

ブルクレンゲンフェルトのサンクトフィトス関係の方々は、夏休みを僕たちの訪独スケジュールに合わせて取り、僕たちの滞在中、面倒を見てくれます。

前回、2003年、グラッツル家には僕一人だけお世話になりましたが、今回は「トモリ」君との同宿になりました。
トモリ君の定宿ファミリーが高齢なので、そちらでのホームステイはないとのこと。

トモリ君は、僕の面倒をみるために一緒にいてくれるのか・・と。

楽しみです。


今回のドイツ交流にあたり、バイエルンブラスメンバーとしての記念品は、皆に気軽に配れるように、ESPとBBのステッカー、BBのコルクコースター、ピンバッジ 、を永井君が準備してくれました。


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持って行った「mini記念品」



出発前日の8月7日、大型台風5号がまともに関西へ近づいていました。

そんな中、丹後から大阪へ行く定期高速バスは7日の午前まではまだ動いていました。

出発日8月8日の伊丹空港集合が朝の7時だったので、空港付近のホテルに前日泊を予約し、ひとり高速バスで向かったのです。



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高速バスのフロントガラスに雨粒が・・・

昼前に丹後の家を出るとき、小雨程度だった雨は、伊丹空港に着く頃には強風、大雨になっていて、台風の中心付近にいることを実感しました。

伊丹空港のバス停で降り、ビジネスホテルの送迎マイクロに乗り換えますが、乗り場の屋根が小さくて、荷物を引っ張って歩くだけで、びしょ濡れという有様でした。

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前泊ビジネスホテル



ホテルの部屋に入って一息つくと、TVでは、どのチャンネルも各地の洪水、JRの運休、飛行機の欠航を報道していました。



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JRとまってるし・・・・。



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飛行機飛んでないし・・・。


「明日は台風が通過したあとだから、羽田までは飛ぶかな。それともまだ関東付近に台風がいて、国際便は予定通りには飛ばないのかな・・・。」と、心配が募ります。

台風のド真ん中では、ホテルの外へ夕食を食べに行く気も完全に失せていて、ホテル内の自動販売機のカップヌードルと酒とつまみを買い、部屋でスマホをいじりながら 、ただただ時間をつぶします。



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前回の訪独時の使い残しユーロ紙幣と、現在の紙幣を比べてみて、印刷が緻密になったのかな・・なんてね。




8月8日(火)台風一過、天気回復


翌8日は早めにホテルを出て、空港のロビーで京都からの本隊のみなさんを待ち受けますが、集合時間が近づくのに、いっこうに京都からのご一行さまは到着しません。



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なんでや・・・・・。7時に伊丹空港南ターミナル集合。やで・・・。


一人空港ロビーの椅子で待っていると、逆にメンバーが僕を見つけ、「ロビーの逆の端で皆で集合している」とのこと。

捜している方が、実は捜されていたという、つくづく「老人」になったものだと情けなく感じてしまった次第でした。




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時間の余裕を持って搭乗手続き完了し、国内線で羽田へ向かって飛びます。



10時発  全日空020にて 羽田着11時15分



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羽田空港は30年ぶりでした。以前と比べ全く変わっていて、どこにいるのか、どこへ行くのか分かりません。
知らないうちに流れに乗って歩いて、国内線で到着した第2ターミナルから、バスで国際線ターミナルへと移動しました。
「羽田ってこんなになってたんや・・・。」



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これに乗ります


さて、次は国際線。

12時45分ルフトハンザ搭乗。

13時離陸.。無事日本を離れました。













12時間の飛行中 映画を3本見ました。真っ昼間だから眠気はきません。ただただ暇な時間です。

座ったまま動かないから、おなかも空きません。快適なフライトで、機体はあまり揺れません・・。

退屈な、長ーい時間がゆっくりと過ぎます。


ルフトハンザさんはどのあたりを飛んでいるのか、座席前のモニターで表示してくれます。

着陸が近くなって、建物がよくみえてきました。「ウスラ」の実家があるミュンヒェン近くの「ランツフート」の真上を飛んでいます。

高度がずいぶん落ちているから、あの教会の塔が見えないか窓から探しますが、ちょっと無理みたいです。



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ルフトハンザだらけ(あたりまえ)


現地時間17時30分ミュンヒェン空港到着、日本時間だと真夜中の1時です。天気は今のところ曇り。気温は20度。

入国審査は、パスポートへのスタンプなし。スーと通過します。こんなので入国していいのでしょうか。
全てがどんどん変わってきてるんですね。


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ターンテーブルの荷物を受け取って、皆が揃うのを待ちます。でも、楽器が全く出てきません。

楽器は貴重品扱いされ、スーツケースなどの通常の荷物とは かなり離れた別のレーンから出ていた様です。

花園高校吹奏楽部のみなさんは、Tuなどの大型楽器を持ち込んでいるため移動が大変です。



到着出口から出ると、ブルクレンからの出迎隊が待っていました。アロイスらと再会しました。
彼はいつまでも若い。



天気は、曇りから雨になってきました。

2台のバスに分乗し19時00ミュンヒェンを出発します。




「バイエルンでバス移動する間は、バスに積んでいるビール等は全てタダ。」と説明を受け、早速ビールを頂きます。

ブレーツェルも配って貰いましたが、これは何個も食べられるものではありません。


ミュンヒェン出発する頃から雨が強くなってきました。レーゲンスブルグへ近付くとさらに雨はきつくなります。

20時40分ブルクレンのナーブ河畔の広場に到着しました。日本時間だと夜中の4時です。

フィトスのメンバーは強い雨の中、いつものようにマーチを演奏して出迎えてくれました。


広場では、強い雨の中、ホストファミリーとゲストの顔合わせが続いています。

初めてホームステイする高校生にとっては、ホストファミリーとの初顔合わせで、ワクワクする楽しみな時間です。
雨なのが残念。


雨の中、バスから降りると直ぐハンスとの再会できました。
雨がとてもキツいなか、ハンスはどこからか傘を調達してくれました。

早くも「ホストファミリー」に出会った我々は、高校生の顔合わせが続く中、同宿のトモリと一緒に、お先にハンス宅へ移動しました。







以前と変わらぬグラッツル家。玄関を入ると、ウスラが出迎えてくれました。

ウスラは7日が誕生日。誕生日おめでとう。



一旦荷物を各部屋に置いて、食堂に集合し、再会を祝しビールで乾杯。



夕食はシンケンのスライス、チーズなどをつまみに、ヴァイツェンビールを頂きました。

やはり本場のシンケンは旨い。旨いつまみを頂きながら、僕もトモリも、つたない英語で家族の事など話しました。


今回の訪独は、前回2003年のようには気温が高くなく(あのときは40度近くまで上がる異常気象でした)、快適ではあったのですが、長旅の疲れと、雨に打たれた事、殆ど寝てないことから、今日のところはこれ位に・・と、シャワーを浴びて、早めに休み明日に備えることにしました。



8月9日(水) 歓迎パーティー

夕方からサンクトフィトスが歓迎パーティーを開いてくれます。昼間はフリータイム となり、各自がホストファミリーと過ごすことになります。

それぞれのステイ先ごとに、レーゲンスブルグへ買い物に行った家族や、夏のビアフェスト「ガウボデンフェスト」に行った家族や、楽しんだ様です。



ハンスとウスラは、ブルクレンから44キロほど離れた、「Abensberg」アーベンスベルクという小さな町にある「Kuchlbauer」クーフルバウアーという醸造所へ行く予定を立ててくれました。

アーベンスベルクの人口はわずか12,000人程度ですが、近年注目されている場所なのです。

建物の形がとてもユニーク、面白い、目立つということで、今、バイエルンで一番ホットで人気のあるビール醸造所があります。

醸造所は、オーストリアの芸術家「Hundertwasser」(百水)フンデルトヴァッサー氏が建物等をデザインしています。



ガウディーの作品を思わせる、味のある工場です。外観では、特に、タワーが目立っています。

フンデルトヴァッサー氏は、大阪市清掃舞洲工場もデザインしています。


ガイドのお姉さんが案内してくれる工場見学と、ビール一杯、ブレーツェル一つ、ヴァッサー氏の美術館入場料付きで18ユーロです。

お姉さんはドイツ語でしか説明してくれないので、僕とトモリ君は雰囲気しか分かりません。


読みやすい簡単な英語で書かれている英語の手作りパンフがあって、それを読みながら、ウスラの説明を聞きながら、工場見学ツアーを楽しみました。

見学コースは、どのビール会社の見学コースにもあるように、製造工程に沿って進められました。


大量生産で無いこと、今でも使っている瓶詰め機械が昔からの堅固なものであること、熟成時間が大手メーカーと比べ長いことなど、堅実さの説明の他、フンデルトヴァッサー氏の芸術、哲学を取り入れた工場であることなど、丁寧に説明がされています。

非常に興味深いものでした。




醸造工場見学の後は、タワーに登り、ビールを一杯いただき、フンデルトヴァッサー氏の美術館を見学しました。

美術館内もすべてドイツ語で説明書きされていて、だいたいこんな意味かなと想像するばかり。




ユニークなビール工場の見学はお昼に終えて、ブルクレンへ戻ってきました。





明日の夕食は僕が持ってきたインスタントカレーを調理することにしました。家に帰る途中で、時間があるうちに、市役所前の肉屋さんに立ち寄り豚肉を入手しました。




良く切れる包丁を自慢にするおばちゃんの店でした。カットしてもらった肉は、ちょっと大きめかなと思える位の塊でして、部位もバラではなくモモでした。


帰ると、夕方まで一休みしました。何度も言いますが、歩きすぎると左股関節が痛くなり、すぐ疲れるので、本当にゆっくりと動くことが必要なのです。





さて、のんびりと休んだ後の夕方5時、集合場所広場にはバスがすでに来ていました。
滞在期間が短いグループがあるので、(僕が参加したグループ)歓迎と、サヨナラを兼ねたパーティーを開いてくれました。

次々に集まるホストファミリーも皆、飲む気満々で、広場に自家用車を停めて、バスに乗り込んでいきます。


40年前、初めてブルクレンに来たときは、この広場はまだ草原で、そこに大きなテントを建てて、その中で夏のビール祭りが開かれていました。

そのステージで演奏されていた「ポルカ」、そこで飲んだビール、そこで食べたチキン、そこでの「アインプロジット」がキッチリ記憶の深いところに残っています。

テントの外の真っ暗な草原で、用を足したことも。




今回の歓迎パーティーの会場は、ブルクレンから少し離れたシュタインベルガー湖近くの「農家レストラン」で催されました。3台のバスに分乗し、会場へ向かいます。

会場は倉庫を改装した作りで、ステージが端っこに設置されていました。


倉庫の入り口手前には、大きなロースターが設置され、何羽か突き刺した鳥の丸焼きが何本もロースターの中で回っていました。

パーティースタートの合図とともに、ロースター前に長い列が出来ました。





ステージではサンクトフィトスの歓迎演奏が始まりました。

サンクトフィトスが演奏した曲は「イーガーランダー系」(そんなジャンルがあるかどうかは知らない)のゆっくり目の曲が多かったようです。
15名ほどの編成で、座奏。ゆったりとしたパーティー時間が過ぎます。






サンクトフィトスの演奏が、一段落ついて、僕たちバイエルンブラスの演奏が始まる時間には日も暮れかけていました。

BBのメンバーがフリー時間の午前中に、新たなユニフォームを調達しにレーゲンスブルグまで行ってきたようです。
早速「青」のチェックシャツを着込んで演奏しました。

ビアパーティーの本場で、日本人がポルカを演奏するとは非常におこがましいのですが、これがやりたかったのです。






















パーティーの最後のほうでは、フィトスとBBの合同演奏となりました。
Tuは楽器が1本しかないので、シンドラー君に任せました。
彼は本当に上手い。

雷を伴う夕立が通り過ぎ、今日のところはこれ位にしとこう・・・と、パーティーのお開きは10時過ぎでした。

会場を片付けてブルクレンに戻らないといけないので、早めの終了でした。


8月10日(木) レーゲンスブルグ観光

ドイツに着いてから、涼しいというより寒い位の気温(14〜5度。)が続いています。

雨と、旅の疲れと、年齢と、根性の無さ・・・.加えて昨夜のパーティーで騒ぎすぎたためか、のどの具合が非常に悪く、どうも風邪をひきそうな感じがします。

にもかかわらず、今日は朝からレーゲンスブルグへ一日観光という予定になっています。




観光バス2台に、花園高校生とESPに分かれて乗車し、ドナウ川河畔ケールハイムの船着き場へ。ヴェルテンブルク修道院へ向けてドナウ川を観光船でさかのぼって行くのです。




夏らしくない冷たい風が吹き、身体がとても冷えます。・・・・・。風の当たらない 船室で大人しくしていればよいのに、吹きさらしの船外で景色を見ていました。

これがあとあと響いてくるのです。




河岸の絶壁の上のほうで、灌木を伐採している作業員が、ロープでぶら下がった姿勢で絶壁を蹴ってブランコのように揺れるという、なかなかのパフォーマンスを僕らの船に向かってしてくれました。
サービス精神うかがえます。

真ん中上の方の青い服のお兄さんたちが分かりますか??

河の流れに逆らって船が進むので、速度は非常にゆっくりとしています。




ウスラが作ってくれた「昨日のビアパーティーでもらって帰った残り物のゼンメル、にシンケンを挟んだサンドイッチ」をおやつにいただきます。




時間をかけて到着した修道院近くの船着き場には、サイクリングを楽しむ皆さんが、船で下ろうと乗船を待っていました。自転車持ち込みOKな観光船です。

船着き場から、修道院醸造所へ川沿いを歩き、たどり着いた修道院建物の外壁には、過去の洪水では「この高さまで水が来たよ」という横線が何本も記されていました。





前回の観光では、修道院のビール工場見学ができたのですが、今回は中の見学が組み込まれていなかったので、時間をつぶすにはビアガーデンでビールを注文するしかありません。

「この寒いのに、ビールはあかんで」と、弱っている僕は、ビールはやめて、その辺のベンチに座り時間つぶしをします。



この修道院へ何度も来ている古参メンバーのおっさん連中や、同行家族は、僕と同様することが無いらしく、出発時間までただ庭をうろついています。



修道院の次は、レーゲンスブルグ市内へ移動します。大型バスはレーゲンスブルグ旧市街の外れの駐車場建物前に到着し、僕たちは降ろされました。




集合時間を言われ、後はそれぞれ勝手に好きなように・・・・ということです。




僕の目的はただ一つ、ドイツ最古のソーセージ屋 「historische Wurstkueche」でソーセージとビールを頂くことです。





最初、店内へ続く行列に柿野くんと並んでいたのですが、この列は「持ち帰り」の列といことで、離脱し、空いているテーブルを確保することにしました。




中東系の家族と、ドイツ人夫婦の間の席を確保し、ウエイターに声をかけます。2人で6本のソーセージ、僕は、ここでは一応「ビール」。柿野クンはソフトドリンク。


「歴史的」ソーセージを楽しんで、目的を達成したので、この後、柿野くんの買い物の店探しにつきあうことにしました。

「BREE」という革製品のお店、京都にあった店が閉められたので、一度来たことがあるレーゲンスブルグの店へ行きたいとのことでした。

案内センターのお姉さんに地図をもらって、場所をマークしてもらい、探します。

スマホはローミングが高くつくだろうと設定せずにいましたから、グーグルが使えないのです。イモトのWiFiも考えましたが、ホストファミリーの家にいる間はタダで使えますからローミングはやめです。


案内所で貰った地図がざっくりとしたものだから、いまの居場所さえ定かではありません。

それでも、トラックで配達中のお兄さんに場所を確認したりして、うろついていると、狭い町のことですから、




「こんな感じの店なんやけどなぁ」「えっ。ここやん」と運良く目的の店を発見しました。




柿野君は、目的の店で格安で財布等を購入し、免税書類も入手できて満足。




駐車場前の集合場所には、皆さん時間どおりに集まって次はワルハラへ向かいます。

ワルハラの駐車場に着いても、僕の「元気」は相変わらず出ず、みんなが見学を終えるまでバスで待つことにしました。何人かは僕と同様に駐車場から動かず、休憩タイムとしていました。


レーゲンスブルグからの帰りには、バスの窓から、真っ黒の「オーリス」と「デミオ」を見つけて、やっぱり日本車でもヨーロッパ仕様の車は現地で見ると「様」になるなぁと感じました。




(でもね、僕のオーリスは、この旅行直前から調子がおかしくて、オルタネーターとエアコンが駄目。修理費がかさむし、そこを取 り替えても他にもガタが来るって・・・。結局廃車にしました。)


さて、レーゲンスブルグ観光から戻ってきて、昨日買った豚肉を使い、日本から持って行った「ジャワカレー」の調理をしました。

夕方から、コンサートに向けた合同練習をするので、あまり時間がありません。「30分で仕上げる」と宣言して料理に取りかかりました。

包丁が変わると、野菜のカットがしにくいのですが、それでも日本のインスタントカレールーはたいしたもので、何も考えずにレシピ通りに作ると、とてもよい仕上がりとなります。。

ハンスとウスラのために作ったカレーでしたが、誰よりも渡守君が一番「こういうのが食べたかった」と喜んで平らげてくれました。暖かい汁物が食べたかったみたいです。

バイエルンでも、もちろんお米を売っているのですが、日本米と比べると美味しくないとのこと。ハンスもウスラも日本でご飯をたべたことがあり、米のおいしさを知っているので、ドイツのご飯は・・・アカン。といって、あえてご飯を用意してくれませんでした。



夕方7時からは、ホールでフィトスとの合同練習がありました。今回も僕が吹くTuはフィトスのを借りることになっていました。

どんな楽器が来るのかとても心配でした。何しろ前回、14年前は年代物の程度のよくない、全く響かない楽器だったので・・。

今回の楽器、とてもよいTuを貸してもらいました。ピカピカの新品で、触るのが怖いくらいです。





サンクトフィトスとの合同演奏曲「Symphonic Marches」と「Conquest of Paradise 」を練習しました。
チューバは日独両バンド合わせて8本もあることから、今日の練習は手抜きをさせて貰いました。




楽器は良いけれど、僕の体調は段々悪化してきています。楽譜が見えません。
音はなんとか出るけど、息が足りない・・・。


合同練習をなんとか乗り切って帰ったら、もうダウン寸前だでした。

ハンス、トモリ、僕、男3人でワインを2本空けて、撃沈。

部屋へ戻っても寒い。風邪を引いてしまったのは「明確」な事実です。
こんなときはただ寝るだけです。

ウスラから薬をもらい、すごい寝汗をかいて、一晩中うなされながら耐えるのみ。

朝までが長い・・・・。


8月11日(金) 記念式典 雨

昨夜からうなされながら、大汗をかいて寝たことで、朝起きると、体調は少し回復し た気がします。

本日はお昼過ぎまでフリータイムで、午後からパレードや合同演奏、市庁舎訪問、サンクトフィトス創立記念式典、ホールでの単独演奏・合同演奏などが予定されています。


午前中は、トモリくんが土産を買いに行きたいということで、レーゲンスブルグのショッピングセンターへ出かけました。

僕は寒気がするので、とにかく長袖の厚めの上着を調達したかった。


ショッピングセンターは、大きな建物でした。
僕はトモリ君とは色違いの黒色パーカーを購入しました。
秋・冬用のもので、しっかりした作りだからとても暖かい。帰国後、これは娘に譲りました。


家族用の土産(カプチーノカップ、香水)と、自分用の調理具(ピーラー)それと職場・知人用のお土産として「ミルカ」の定番チョコレートを買って、「土産を買わなくちゃ」の心の負担をなくしました。



昼は、何にしようか・・・。
ハンスたちは何かバイエルンらしいものを食べようと考えたようでしたが、バイエルンの地元メシってあまりありません。

特にショッピングセンターで地元メシなんてのをやってるかどうか・・・。結局どこにもあるような定番の「フードコート」の席に着きます。


このところ生野菜をあまり摂っていなかったので、トモリも僕も「サラダ」を頼みました。
皿一面生野菜のサラダをハンスが運んできてくれました。
ありがたい。

飲み物はビールはやめて、ミネラルウォーターをいただきました。


ハンスは昨日のカレーをトモリが独り占めしたため、自分のが少なかったのが心残りなのか、それとも昨日のカレーが美味しかったからまた食べたくなったのか、理由は分かりませんが、今日もカレーセットを注文していました。

ウスラはハンバーガーでした。

ウスラがハンスのカレーを一口食べて、「昨日のカレーの方がおいしい。作り方をお店に教えてあげたらよいのに。」

そう、日本のインスタント食品は簡単でどれもとても美味しいのです。


食後は、イタリアンジェラートのお店でアイスを楽しみました。欧米人は皆「特に甘い」のがお好きな様です。













午後からの予定は、ブルクレンゲンフェルト市中パレードと、灯籠前で「菩提樹」演奏があります。
この灯籠はフィトスの初代指導者が亡くなったとき、「変わらぬ友情」のために日本から石を運んで設置し贈ったものです。

交流のきっかけとなった  ドイツの○○氏も日本側の仁井田氏も亡くなりましたが、市民レベルの「濃い」交流は今も続き、この関係は一朝一夕で出来るものではなく、事務方の献身的な継続的な実働に只々感謝するばかりです。
です。

ブルクレンゲンフェルトへ行く度に友情の石灯籠の前で「菩提樹」と「ふるさと」を演奏するのが慣わしになっているのですが、今日はあいにくの雨です・・・・。


天気は相変わらず雨で、今日予定されているパレードもきっと中止になるだろうと、レーゲンスブルグから帰ってきてから夕方まで、会場にもいかずに部屋でゴロゴロ時間をつぶしていました。


ウスラは、軽食にということで、「白ソーセージ」を用意してくれました。白ソーセージは新鮮さが命で、普通、午前中に食べるものとして知られています。はんぺんのような歯触りの白ソーセージを楽しみました。



昼間ショッピングセンターで歩きすぎて、股関節は痛く、風邪も引いてしまって、最悪なコンディションであり、とうてい僕にはパレードは無理です。

「パレードは若い連中に任せておこう」と渡守君と意見が合いました。

灯籠前演奏とパレードが終わったであろう4時半に、市庁舎へ行きました。
やはり雨が強くて、市中パレードも、灯籠前演奏も中止になったとのことでした。



市庁舎の中庭にテントが張ってあり、テント内でサンクトフィトス創設50周年、独日交流40周年記念式典が行われました。




6時から8時までの間、それはそれは賑々しい式典が執り行われました。

市長の挨拶、司教の挨拶、サンクトフィトス50周年の貢献者の紹介やら表彰やら、日本・ドイツのプレゼント交換、などなど。








テントの前方に陣取った、セメント工場ポルカバンドの演奏が大変味があって良かった。こんな演奏がしたいのです。これと比べると、ぼくたちBBの演奏は、まだまだポルカらしくない演奏です。




式典会場では、食事が用意されていて、ゼンメルとレバーケーゼなど、ビールもたんまり用意してあります。


僕は買ったばかりのパーカーをユニフォームの下に着込んで、暖かくして、大人しくしていました。写真には楽しそうに写っていますが、「空元気」です。




式典後の食事会が終わり近く、田中ESP団長が「向こうの席でサンクトフィトスマーチの作曲者と話しているのだが、チェコの人なので、白数さんなら共通の話題があって、話が出来ると思う。来てもらえないか」と言ってきました。

前列のテーブルには、N響アワーに出ていた作曲家池辺晋一朗に似たおじさんと、隣には日本語が上手く話せる、おじさんのお孫さんがいました。




チェコの話題として、僕の浅い知識の中から、スコダラスキ(ロザムンデ)を作曲したヤロミールヴェホダとか、イーガーランダー、ベーミッシュ音楽の巨匠エルンストモッシュとかの話を振ってみました。

さすがチェコの作曲家だけに、ヴェホダバンドと交流があったとか?

フィトスが来日し交歓演奏会を開催したときの、ESPが演奏した「サンクトフィトスマーチ」の録音を聞いて、とても気に入ったということでした。
一緒に集録されていた「行進曲京都」もよかったとの感想もいただきました。

別れ際、なんと、後ほどESPにご自身が作曲された楽譜をプレゼントしていただけることになりました。


式典の後、本来なら市役所前の特設ステージで行うはずでしたが、雨のため会場を「シュタットハレ」に移しておこなうことになりました。

午後9時から交流記念演奏会開始。バイエルンの日の入りは結構遅いので、まだまだ夜はこれからです。



会場を移した演奏会は、最初ESPが演奏、次にフィトス、ESP、フィトスといった具合に、1曲ごとに互い違いに演奏する形がとられました。




フィトスの演奏では、レーゲンスブルグからやってきた、映画「パイレーツオブカリビアン」キャストの扮装をした方々が会場内を練り歩いて、好評を博していました。




カリブの海賊は、非常に高い完成度のパフォーマンスでした。


最後に合同演奏で2曲。アンコールに2曲。



8月12日(土) フェスト1日目

本日は祭りの日。祭り会場(ホール)で過ごすもよし、ホストファミリーと出かけるもよし。終日フリーで行動できます。

ハンスとウスラは、オーバープファルツ地方の伝統文化?を紹介する屋外型ミュージアムへ連れて行ってくれました。




Nabburg の Perchen Oberpfalzer Freiland museum です。ブルクレンゲンフェルトから30分ほど北東に走ったところの町です。

日本だと愛知県の明治村という感じでしょう。オーバープファルツ内の古い農家が移築保存されていて、かつて住んでいたその家の家族を介して、オーバープファルツ地方の生活、文化、を知ることができるというものです。




馬、牛、豚、山羊、鶏、などの家畜農家に、トウモロコシ、大麦、小麦、ホップの栽培、それらを脱穀、保管するための器械がある大きな農家、淡水魚を養殖する「農家」。養蜂農家などなど。




オーバープファルツ内の様々な農家の歴史的建物が、とても興味深く見学することができます。




100年前の農家の建物の内部は思ったより天井が低く、部屋も狭く感じます。
小さな木製のベッド、小さな机、小さな椅子、調理用、暖房用のストーブ、家庭用の祭壇、など。簡素な中にもしっかりとした造りの家具が見られました。流石「ドイツ」だと感じました。







どれも面白くて、じっくりと見て回りたいのですが、ドイツ語が分からないのがやはりストレスになります。説明文が分からないなぁ。



農機具、家の壁の模型、魚捕獲用具の展示、



ある一家の系譜の展示、鉄道駅、貨物機関車、























昼は公園内にある「バイエルン伝統料理」のレストランで食事をしました。



「牛の唇のサラダ」ぴらぴらの酸っぱい肉。野菜のスープ。今日も涼しい日なので、あったかい野菜のスープがうれしい。

牛の唇サラダの味については、「好きな人には、たまらない味でしょう。」という感想です。

実に興味の尽きない博物村でした。


博物館内のスーベニアショップでは、これまた素朴な物ばかり売っています。オーガニックな「キャンディー」をいくつか購入しました。

お昼を過ぎて、帰る頃にはさらに雨がきつくなってきました。




夜、フェスト会場となったホールで、先に日本人メンバーに配られた「チケット」を使って食事とビールをいただきました。

僕はチケットを「持って行くのを忘れていた」のですが、トモリ君のを借りて、無事食事にありつくことが出来ました。

一枚の紙プレートにパスタとソーセージ、ザウワークラウトなどが乗っています。


ステージではフィトスメンバーらによる「ジャズバンド」が演奏しています。上手い演奏です。







女性歌手2人の歌も非常に上手いです。皆さんとてもレベルが高い。




夜遅くまで演奏が続いたようで・・翌日聞いたところでは夜中1時過ぎまでわいわいやっていたとか。






僕たちは、早めに引き上げさせてもらいました。

8月13日(日) フェスト2日目




本日は日曜日、サンクトフィトス教会で定例のミサが行われます。
前回(僕が行った14年前)フィトス教会でのミサを体験したときのこと、とてもきれいに装飾された、そしてとても良く響く教会という印象でした。

再度その教会フィトスの演奏が聴けることを楽しみにしていました。


ところが、今日は コンサート・ビアフェスト会場である「シュタットハレ」を教会に見立てて、そこでミサを行うとのこと。
さすが教会付属の楽団、うまくイベントを企画しています。







時間が来ると、まずフィトスの演奏で掴みがあり、司教、司祭のありがたい言葉と、若き司祭はなんとよい声でアカペラの賛美歌とうとうと歌います。




ハンスらホストファミリーにくっついて会場真ん中の席で参加してもよかったのですが、カトリック教徒でもないものが、真ん中にいてはあかんやろ・・。ということで 、最前列横方面に日本人ご一行が席を取って「部外者」としてミサを体験させてもらいました。

しゃれていたのは、司教がミサの締めの言葉として「プロースト」と発したこと。
普通「アーメン」でしょう。

かなり受けていました。





ミサが終わると早速ビアフェストが始まりました。

招待バンドの演奏が始まり、ビールと軽食が提供されます。
一日中このホール内でフェストが催されます。




近隣の町から、いろいろなバンドが入れ替わり演奏します。最初のバンドの演奏合間に、サンクトフィトスマーチ作曲家である Josef Jiskra さんから何曲か楽譜の贈呈を受けました。昨日約束してくれていた件でした。


日本側は、困ったことに、そんなことになるとは想定しておらす、こちら側はお渡しするものを用意していません。
ESP団員らに、ホストファミリーへのお土産で余っているものが無いかと団長が探して苦労していました。

(協力出来ずにすみません)




8月13日、午後

フェスト会場では、軽食とビールが提供され、演奏を楽しみながら時間が過ぎていきます。

昼を回ったころ、天気もあまり良くないことから、我々は家に帰って「休憩タイム」を取ることにしました。


どうもこれがいけなかったみたいで、僕とトモリの「勝手な休憩タイム」の間に、会場では、集まったバンドのパレードや合同演奏が屋外で行われた様です。

後から見た写真では、盛大にイベントが行われた様子・・・・・。



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皆さん、ごめんなさいね。

家で休憩した後、夕方からの屋内演奏に間に合うようにホールへ出かけます。

日本側合同バンドユニフォームの白ジャケットと、BB用のレーダーホーゼン、シャツは赤色のチェックのを、というように持って行く物がちと多いのです。

案の定、トモリ君はレーダーホーゼンを持って行くのを忘れてしまいます。


夕方会場入りすると、サブステージでは、チューバの「長吹き」コンテストをやっています。
どんな高さの音でも良いから、長〜〜く音を出し続けるコンテストです。



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地元の方々が頑張っている中、日本代表で花園高校の女性プレイヤーとESPの男性プレイヤーが参加しました。
結果は、現役高校生の圧勝でした。日頃ロングトーンで鍛えているから、さすがです。


そして次にサブステージで日本バンド(ESPと花園高校)の演奏が始まります。
聴衆が「近い」のでとても吹きにくい。、



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僕は、その次に控えるBayernBrass演奏を想定して、大分手を抜いた演奏をしてしまいました。


これが終わって、息つく間も無くBBの演奏の番が連続で回ってくるのです。

「しんど!!!!!」

日本バンドが演奏終了すると、バタバタとレーダーホーゼンに着替え、メインステージに乗ります。



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僕にとっては、これが今回の訪独の目玉演奏なのです。本場バイエルンのビアパーティーで、ビアソングを演奏する・・・。自然と張り切ってしまいます。

仕事の都合で来ていないBBメンバーが2人いますから、完全フルメンバーではないけれど、欠けたユーホをESP女子に手伝ってもらって、「音」的にはほぼ揃った演奏を聴いてもらうことができました。

窓からは夕日が差し込んでいて、なかなかいい雰囲気です。


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いつものとおり、トモリ君の「ドイツ語風ソング」など数曲吹き終わり、僕はエネルギーを使い果たしてしまいました。

ESPの次はサンクトフィトスの演奏です。元気な若手BBメンバーは彼らと一緒に吹いていました。
僕にはそんなパワーは残って無くて、再度ステージに上ることができませんでした。


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これがバイエルンの田舎の「ビール祭り」演奏や・・。という、パワー全開の演奏が続きます。

カメラで録画したくても、電池切れで動きません。スマホの録画も試みるのですが、撮れたのは1曲だけでした。

今から思えば、スマホで撮れるだけ撮っておけばよかったと反省してしまいます。


ブルクレン滞在最後の夜が更けていきます。


8月14日(月) サヨナラ

本日は短期滞在組が日本へ帰る日です。10時に川沿いの広場へ集合し、バス2台に分乗しミュンヒェンに向かいます。












通常日程の高校生と時間余裕のある大人は、ミュンヒェン市内観光ですが、短縮日程の僕らは、ミュンヒェン観光もなくそのまま空港へ向かいます・・。

なんと忙しいスケジュールでしょうか・・・。退職後、再就職しなければゆっくりと観光できたのですが、年金を戴くにはまだ何年かあるので・・・・、仕方がありません。

今回の旅行は団体旅行扱いでは無い(個人旅行の集合体)ため、空港では各自自分で搭乗手続きをしなければなりません。


空港ロビーに並んでるディスプレーに、飛行機の予約番号を打ち込んだり、パスポートを読み込ましたり、めんどくさいというよりは、何も分からないからストレスだらけになります。

よく分かっているメンバーの助けを借りて、本人は何のことか分からないうちにどうにか搭乗手続きができたようでした・・。


出発までまだ2時間もあります。


使い残したユーロで土産の追加購入をしました。ブランドものの香水関係がお得だというので、免税店にて長女へのヘアーミストを買い、ユーロをほぼ使い切りました。

昼の食事時間帯ですが、満腹感が著しく、どれもこれも食べる気分になりません。それに空港内を歩けば、疲れるだけ。堅いベンチに一人腰を下ろして、ただただ時間が経つのを待ちました。

後から思えば、さっさとセキュリティーチェックを受けて搭乗口前のゆったりしたチェアでのんびりした方がよかった。
こちらの席の方がゆったりとしていたのです。




ということで、今回の旅行はここまで。

読み返せば、「疲れた」だの「歳が・・」だのネガティブな言葉が並んでいますが、でも楽しく充実した 「Bayern rise 2017」 だったことには間違いありません