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オーバークライン
OBERKRAIN

03/17/2006作成

工事中!!

人口 人

面積 平方キロ

地理


歴史


 
    
産業
Oberkrain  投稿者:TANGO  投稿日: 2月24日(金)01時16分4秒
BBやESPの得意曲に「Stelldichein in Oberkrain」がありますが、これ、ドイツ等では非常にポピュラーな接続曲です。ドイツの各カペレWebサイトを見てもレパートリーに必ず入っています。

オーバークラインとはどこのことを言うのか、以前から気になっていました。1年前のエーデルワイスカペレさんとのジョイントで、ペーターさんが「オーバークライン地方の曲です」と、非常にローカルな曲を演奏されました。

ネットで検索してみますとオーバークラインとは、「スロベニア共和国」の一部、国の中央北部山岳地方の事を言うようです。スロベニアというのもマイナーな国名でして、かつてはユーゴスラビアという国名でした。その一部が独立してスロベニアとなったそうです。

オーストリアの南に接する国で、バイエルンからはチョット車を飛ばせば行ける距離なのでしょう。でも、どういう理由で「Stelldichein in Oberkrain」という題名にしたのか、僕には分かりません。サマーバケーションにオーバークラインまでドライブするのに、カーラジオからポルカが流れているイメージなのでしょうか?


 
Oberkrainについて  投稿者:Peter der TromPeter  投稿日: 2月28日(火)14時10分8秒
Oberkrainという地域にはあまり馴染みが無いと思いますが、
いわゆるアルプスの音楽を最初に世にひろめ、
そのスタイルを確立したObeekrainのアコーデオンの巨匠
Avsenik氏の本拠地です。実は私たちエーデルワイスカペレのプログラムの
約半分はoberkrainの曲です。
これはドイツでもオーストリアでも民謡バンドは殆ど全てが彼のスタイルを
模範としているのでどこのバンドも同じでしょう。
編成も音楽の作り方も奏法もです。
ですからアコーデオン奏者は彼の奏法をマスターしていないと
仕事が一切出来ません。
私たちもチロルで演奏会をするようになって
地元のマネージャであるJoe Hammer氏に「スロヴェニヤで
修行しなさい」と言われて出かけたことがあります。
チロルのインスブルックから車で4〜5時間掛かったでしょうか。
オーストリアのケルンテン州からカラヴァンケン山脈のトンネルをくぐると
スロヴェニヤです。カラヴァンケンはアルプス山脈とは地勢学上は別の山脈ですが
一般にはアルプスの東の外れと考えられています。
トンネルの無かった時代にはもちろん山越えで行ったのですが
Avsenikと並んで同じOberkrainの人気バンド、Alpski Quintettのヒット曲
Ueber den Loibl-Passにあるように山上の国境を行き来していました。
そういえば私たちがスロヴェニヤに入るときにマネージャーの
ジョーさん(まめに働くのでまめジョウと呼んでいる)がパスポートを忘れ
国境を通過出来ずに足止めを食らったのも思い出しました。
もちろん家まで往復10時間かけて取ってきました。
(おかげで私たちの演奏会が一日キャンセルになって大変でした。)
それでも何とか二日目には憧れのAvsenikのホテルでのディナーコンサートには
出演しました。この音楽をやっていて一番乗ってみたい舞台は何と言っても
ミュンヘンオクトーバーフェストの大テントのステージとAvsenikのホテルのステージ
でしょう。(幸いにして私は両方経験済みです)
やはり本拠地への日本人による殴り込みですから緊張しました。
当時エーデルワイスカペレにはみひゃえらがいなかったので
Avsenikの曲があまり出来なかったのです。
あの超有名なNA GOLICIすら出来ませんでした。
Avsenikはちょうど旅に出ていて不在でしたが
彼のホテルなのに殆どがAlpskiの曲ばかりで肩身がせまかったです。
去年のチロルでの演奏会では初めてみひゃえらが登場して
「やっと完成した音になった」と言われました。
それまでクラリネットを欠いた編成でしたので
「音が空っぽ」と言われ続けて10年。
エーデルワイスカペレもやっとチロルで本物と言われるようになりました。
さてAvsenikのホテルでの演奏会は地元の若手バンドと入れ替えで演奏しましたが
彼らの演奏の素晴らしかったこと。
ここには彼らのようなバンドが無数にあってそれぞれ
技を競っています。
Slovenijaの若者はとてもまじめで、楽器の練習なども
本当に一生懸命にやります。
貧乏な共産圏だった小国でAvsenikやAlpskiが稼いだ印税は
多分国家予算を遙かに上回っていたでしょう。
若者たちはその成功者達を見て来ましたから脇目も振らず
楽器の練習に打ち込みます。
私たちを案内してくれた地元の若者(名前忘れました)の
シュタイリッシュハーモニカ演奏の見事だったこと。
まめジョウが言うには「チロルの若い奴らは楽器の練習はそっちのけで
女の子の尻を追っかけ回しているがOberkrainの若者は真面目に練習するのだ」
と言っていました。
余談はさておき「Stelldichein in Oberkrain」ですが
私たちも楽譜を持っています。
(私たちが演奏している調と違うので使いませんが)
AvsenikもAlpskiもCDを作る場合、
歌の歌詞はドイツ語とスロヴェニヤ語で入れています。
つまり2種類作るわけです。
彼らの主な市場はドイツ、オーストリアです。
観光客も彼らのお陰で毎年かなりのドイツ人やオーストリア人が
Oberkrainを訪れます。
私たちが行ったときはドイツマルクがそのまま使えましたので
お客の殆どはドイツ人かと思われます。
何しろ物価が安いのでペンションに泊まって一日中飲んだくれても
1500円位です。
「Stelldichein in Oberkrain」はオーバークラインでのデート
あるいはランデブーという意味ですがドイツ人にとってOberkrainは
最も身近な保養地であり夏休みを過ごすにはとても良い場所なのです。
景色は素晴らしく、Bled湖の水は飲んでも良いくらいきれいだし、
音楽はすべてライブだし飲み放題食べ放題踊り放題でその上
物価が安いとくれば行かない方がおかしいですね。
私たちもAvsenikの曲が出来るようになったので
前回の雪辱に近々訪れてみたいと思っています。

江良も一時Slovenijaにはまっていて良く行ってました。
彼女はAvsenikとは電話で話したそうです。
彼のホテルにはミュージアムがあり、そこでCDや楽譜を売っています。
題名などすべてスロヴェニヤ語ですが、慣れるとこちらの方が使いやすかったりします。
ErinnerungはSPOMIN、Trompeten EchoはNA GOLICIとなります。
日本人にはこちらの方が呼びやすいですね。

最後にひとこと
Oberkrainはすべてのアルプス系バンドの基本です。
吹奏楽は別として現在のドイツ、オーストリアの民謡バンドで
Oberkrain以外のスタイルを持ったバンドは殆どありません。
もちろんエーデルワイスカペレも
Oberkrainバンドの端くれです。

長文御精読有難御座居ました。




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