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01/18/2001

どうして「バイエルンブラス」なの?

バイエルンブラスの発足についてご説明するには、50年ほどさかのぼって京都府吹奏楽連盟結成あたりから・・・
京都府の吹奏楽の歴史を、京都府吹連30周年記念誌から
1955年 (昭和30年)3月京都府吹奏楽連盟結成まで遡り、
その中から、順次、僕たちに関係ある事柄を拾い、
さらに追加説明を付けてみました。
1958年 (昭和33年)4月
花園高等学校に吹奏楽部設立(顧問 仁井田邦夫先生)

1961年 (昭和36年)10月
京都橘女子高等学校に吹奏楽部設立(顧問 平松久司先生)
1961年 12月
エスポワール吹奏楽団
創立(団長 荒木氏 顧問 仁井田邦夫氏)
1963年 (昭和38年)4月
洛南高等学校に吹奏楽部設立

1964年 (昭和39年)
第1回定期演奏会盛ん
  吹奏楽団結成洛南高校演奏会(1月)
  立命館大学応援団吹奏楽部(11月)
  京都橘女子吹奏楽部(12月)
  大谷高等学校吹奏楽部(12月)
1968年 (昭和43年)11月
第16回全日本吹奏楽コンクールを京都会館にて開催

1971年 (昭和46年)4月
連盟組織拡大のため中学校・高等学校・大学・一般職域の
4部門の各連盟を独立発足させる。
1971年10月
エスポワール吹奏楽団第1回定期演奏会開催
1975年 (昭和50年)3月
第3回英国「ハロゲート国際青少年バンド・フェスティバル」に
「京都女子高校生選抜吹奏楽団」参加(団長・平松久司氏)
1976年 (昭和51年)4月
第4回英国「ハロゲート国際青少年バンド・フェスティバル」に
エスポワール吹奏楽団」参加(引率団長・仁井田邦夫氏)

 第一の転機は、ここにあります。
仁井田氏 「花園高等学校吹奏楽部創立40周年記念誌」より

「国際交流
1976年イングランド州ハロゲート市
エスポワール吹奏楽団
と共に行った事が始まりである。
その国際青少年音楽祭にてのレセプション席に於いて、
各国代表の芸の披露に私は日本の音楽を中国風にとられてはと思い、
何気なく「
菩提樹」を歌ったところ、ドイツの数ヶ所から来ていた新聞記者が、
私の事を記事にしたらしく、翌年街を上げて私を招待してくれたのが
Burglengenfeld stadtなのです。
以来、私個人は8回訪独しておりますが、高校生を連れては3回、
この町を訪問し、常に2週間近く家庭滞在をし、いつもお世話になり、
彼らもよく京都を訪問しております。・・・」

 ここでの「サンクトフィトス」との出会いが無かったなら、
今のポルカフリークの僕たちは存在しません。
 それほど重要な出会いだったのです


1977年 (昭和52年)7月
京都大学吹奏楽連盟選抜吹奏楽団、(エスポワール吹奏楽団有志含む)
40名が西独「ブルクレンゲンフェルト市音楽祭」に参加(引率 京都府大学吹連理事長 仁井田氏)

1979年
 (昭和54年)4月
西独ブルクレンゲンフェルト市より「サンクト・フィトス吹奏楽団」を招き、交歓演奏会開催

 もうこの頃になると、私たちはかなりのドイツかぶれになっていました。
 エスポワール吹奏楽団の演奏会打ち上げや、忘年会などでは、毎回「アインプロジット」が大合唱されるようになりました。
  キーポイントは、日本側の訪独の時も、ドイツ側の来日の時も、いつでもお互いにホームステイをし、 双方の文化をぶつけ合ったことだと思います。


1980年
 (昭和55年)8月
 エスポワール吹奏楽団・花園高校吹奏楽部合同で
西独へ演奏旅行



 テントでのビアパーティーや、ホームパーティーの楽しさを身をもって味わった僕たちは、ポルカ・ワルツの虜になっていきました。


1986年

 「サンクト・フィトス吹奏楽団」団長、Josef Rodl氏逝去

1987年
 (昭和62年)8月
日独親善記念碑(灯篭)をブルクレンゲンフェルト市に贈る



1988年 (昭和63年)11月
京都ビュルガーバンド
結成(代表 仁井田邦夫)




「ドイツ音楽愛好会」「菩提樹の下で友情の輪を」両団体主催の
KYOTO OKTOBER FESTをキリンビール京都工場にて開催
以降毎年オクトーバーフェスト開催

赤いベストののユニフォームを作成。


1991年 (平成3年)8月
サンクト・フィトス吹奏楽団2度目の来日。
日独韓 親善交歓演奏会開催

1993年 (平成5年)12月
バイエルンブラス創立(代表 安井勉)
「ビアレストランミュンヘン」にてビアパーティー開催
 年に1〜2回しか演奏機会のない「京都ビュルガーバンド」では物足りないというメンバーが、とうとう「バイエルンブラス」を旗揚げしたのです。
緑色のベスト
のユニフォームを作り、バイエルンブラス専用楽譜を準備しました。
これは、ドイツマーチ、ポルカに早くからはまっていたメンバー「meidan」氏のコレクションを中心に、独自に収集したものでした。

あとは、出演記録のとおりポルカ三昧です。


1999年(平成11年)10月

 エスポワール吹奏楽団顧問及び
 京都ビュルガーバンド代表
 
仁井田邦夫氏逝去

 仁井田氏逝去に伴い、京都ビュルガーバンドは自然解散
 


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