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09/20/2000作成
12/01/2000現在

KUNIOとリンデンバウムの仲間
KUNIO NIIDADeutsch


ドイツ・サンクト・フィトスバンドを中心とした国際交流を進める

KUNI0とリンデンバウムの仲間

2000年10月29日(日)上記の会の創設と共に、
京都オクトーバーフェストが
開催されました。

仁井田邦夫


…創設の趣旨
故・仁井田邦夫先生が20年余に亙り育ててこられました、
ドイツ・バイエルン州ブルクレンゲンフェルト市/サンクト・フィトスバンドを
中心とした国際交流は、これ迄の交流に参加してきた人々に多
くの思い出と感動を与え音楽のみならず、人々との交流を育ん
できました。
先生亡き今、これ迄に関わりのあった人々が今後
もこの国際交流を促進し発展させるため創設するものです.

「KUNIOとリンデンバウムの仲間」に関するお問い合わせは、
安井 つとむ事務所 TEL075−631−7000へお願いします




以下に、2000年4月に開かれた「仁井田邦夫先生を偲ぶつどい」に
出席された、サンクトフィトス代表のご挨拶と、
ブルクレンゲンフェルト市長からの
ご挨拶を掲載します。


ご挨拶


皆様、本日は私達の友人であった仁井田邦夫先生を偲ぶために
多くの人たちがお集まりになりましたが、私達はドイツの
ブルクレンゲンフェルト市のサンクト・フィトスバンドを代表してまいりました。
彼の身近な友人として「先生を偲ぶつどい」にご招待いただき
大変感謝しています。

本来ならぱ私達の委員長と副委員長であります、
オスカー・アイセルとペーター・バイエルの二人が来ることができれぱ
良かったのですが、残念ながら仕事の関係で矢礼することになりました。
仁井田邦夫先生とブルクレンゲンフェルト市とは長い交流があります。

先生とサンクトス・フィトスバンドとの初めての出会いは、
1976年イギリスのハロゲイト市で開催されました青年音楽祭です。
先生と当時の私達のバンドの委員長であったヨゼフ・ロードウル氏と
指揮者のルードヴィッヒ・ラメル氏との間で、全く違った文化を持つ
人々の交流が実現したのです。

当時の新聞記事には、「お別れコンサートでは、
ラメル氏と仁井田先生が交互に指揮棒を振り観衆から万雷の拍手があり、
新しく成立した友好関係を確認するかのようにマーチ「旧友」を演奏したのです。」、
そのマーチ「旧友」は今日まで私達二つのバンドの共通国歌、
掛橋としてこれからも多くの喝采をうけることでしょう。

1977年、京都から初めてブルクレンゲンフェルト市への訪問があり
私達に感銘を与えました。
仁井田先生は、それぞれ違った文化を持つ若い人達が交流を通じて
友情関係ができることは素晴らしいことだといつも強調していました。
彼がいつも大切だと思っていたのは、ドイツの人に日本の文化、
生活習慣を少しでも紹介出来れぱということてした。
相互の理解がとても大切と考えていたのです。

音楽一つをとってみても先生のレパートリーはいつも広い分野からもので、
国際的に有名なクラッシックから伝統的な日本、そしてバイエルンの音楽でした。
ですから、先生のご葬儀のピデオを拝見して、先生最後のお見送りに
磯部将門氏がバイエルン風に演奏の指揮していたのに驚いたと同時に
嬉しく思いました。

音楽を適じての民族の友好関係は、言葉の障害を越えて
数多くの人々にも認められました。
京都の人々がブルクレンゲンフェルトを訪れた時にも、
私達が京都を訪れた時にも常に結んでいた絆は音楽でした。

仁井田先生の哲学はいつも正しかった事を自分の口で碓認することであり、
京都でもブルクレンケンフェルトでも著名な指揮者であり生涯を音楽に貢献しました。

先生が第二の故郷と言っていたブルクレンゲンフェルト市との交流のために
先生と奥様の恵子さんは、多くの時開を犠牲にしてくれました。
そして、花園高校吹奏楽部のコンサートには多く人々が来てくれましたが、
ブルクレンゲンフェルト市で行なわれた追悼ミサにも多くの人々が訪れました。
ハインツ・カルグ市長を筆頭に、多くの先生のお友達、音楽の友、宮庁をはじめ、
様々な団体の関係者が先生へ最後の敬意を示してくれました:

退職をしたら第二の故郷のオーバープファルツ地方に一軒家を買いたいという夢、
希望は残念ながら実現しませんでした。
しかし、二つのバンド、二つの郡市、二つの文化の友好関係を継続していく希望を実現
するために私達は喜んでお手伝いさせていただきます。

23年前イギリスで始まった交流は、日本とドイツで年齢に関係なく
若い人も年とった人々にも新しい友人を作りました。
両方のバンドのメンバーにも新しい友人が日本てもドイツでも出来ました.
将来も私達の交流関係が存続するよう心から祈っております。

仁井田恵子さん、安井勉さんをはじめ多くの後援者の方々のご支援を背景として、
両都市の若者たちにこれからも未知の文化を肌で感じることが出来る機会を、
是非提供していきましょう。

最後に「故・仁井田邦夫先生を偲ぶつどい」へのご招待に対し、
もう一度感謝申し上げますとともに、私達のために色々と計画し
時間をさいていただきました安井様、仁井田様、そしてホストファミリーの皆様に
心から御礼申し上げ、ご挨拶とさせていただきます。


サンクト・フィトスバンド代表

ご挨拶(2

ブルクレンゲンフェルト市を代表して、私達の親愛なる京都の友人また、
花園高校吹奏楽部の尊敬すべき指導者「仁井田邦夫氏」を偲ぶつどいに
お集まりの皆様にご挨拶申し上げます。

私達は、仁井田邦夫先生が立派な指導者また、先生で、
そして音楽が心のそこから好きであった人、
その音楽を絆して二つの文化の交流に心を捧げてきた人であったのを
忘れることができません。

花園高校吹奏楽部の皆様は仁井田先生の音楽に対するたゆまぬ努力、
そして彼が生涯をかけ築き上げたものに敬意を表していることでしょう。
私達ブルクレンゲンフェルト市民も仁井田先生を
立派で積極的に将来を考えた人であり、
お手本にしなけれぱと尊敬しています.

1996年にブルクレンゲンフェルト市は、仁井田先生を花園高校と
サンクトス・フィトスバンドとの友好関係を築き上げた人としてまた、
日本文化を伝える索晴らしい大使として
「オットハインリッヒ・フィリップメダル」を授与致しました。



オットハインリッヒ・フィリップメダル


特に賞賛されたのは、彼が民族を越え友好関係を築いたことでした。
私達は先生がこの友情を通して大事なことを認識し、
多大な印象を得たと確信しています。

また、それ以上に友情という家を支える基礎を作り上げ、
私達の心の中に消えることのない火をともし、
そして若い人たちのために将来、協調的な世界に導く掛橋となりました。

彼の生涯は音楽一筋と言っても過言ではありません。
私達は尊敬致します。
きっと仁井田先生の教え子達は、彼が一生を費やしてきたこの理想を
心から喜ぶともに継続していくことでしょう。

私達も皆様と共に、これまで仁井田邦夫先生が理想にし、
積極的に推進してきた素晴らしいことを、
これからも力を合わせて続けていきたいと思っております。

   ブルクレンゲンフェルト市長  ハインツ・カルグ




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