HOME バイエルンマニア ともけん君の旅

08/18/2001

史実に基づかない創作お話

ヒャッホー「ともけん」君の旅

時は19世紀のはじめ、ところはボヘミア(今のチェコ)ちょっとバイエルン寄りの村でのお話です。

その村に「ともけん」君が住んでいました。「ともけん」君は大麦を作る農家の次男で、音楽がとても好きな少年でした。

村では、結婚式には音楽ジプシーを招いて歌って踊って楽しんだり、収穫の秋には、その年の作物の豊作を感謝して又歌って踊って、又、初冬、最初のビールが出来たといっては歌って踊ってビールを飲んで、何かにつけて歌って踊ってビールを飲んで・・・の集いがあります。

ジプシーバンドの編成は、バイオリン、ビオラ、コントラバスタンバリン、水がめといったところです。

その年の収穫祭で、ボヘミア地方では有名なジプシーバンドが村へやってきて祭りの中心になっていました。楽しい演奏が続いています。地元の音楽「ポルカ」です。おっと、そのころはまだ「ポルカ」という名前はついていませんでしたね。

音楽好きのともけん君は一緒に演奏したくなりました。

バグパイプは、ガチョウの皮と木と葦で出来ています。
ガチョウの皮の袋に吹き口から息を一杯に吹き込んで、脇でその袋を押さえ、音を出します。ビーという根音の上に、押さえた指毎の音が流れます。
組み込まれたダブルリードが間単に音を出してくれます。

音楽センスの良いともけんくんは、一度聴いただけの旋律をほぼ完全に吹いてしまいました。

「おまえ、上手いじゃないか」「俺たちと一緒に演奏の旅に行かないか?」

ともけんくんは親に内緒で連中に付いて行くことにしました。
農家では、猫の手も借りたいほどの忙しかった収穫が終わり、皆一息ついているところです。春になれば又帰ってくるのです。

ボヘミアの黒い森を抜けてともけんくんたちはバイエルンにやってきました。
バイエルンの都ミュンヒェンでは、何回目かのオクトーバーフェストをやっています。広い野原で競馬をやったり、ビールスタンドでビールを飲んだり人々は様々に楽しんでいます。
テレージェンビーゼと呼ばれる野原の一角でともけんくんたちはミュゼットの演奏をはじめました。ボヘミアで演奏していた「ポルカ」です。

明るく楽しい音楽に合わせて人々は踊りだし、次第に踊りの輪が出来てきます。
広場には、チロル地方のレンドラー(ワルツの源流となるアルプス地方の民族音楽4分の3拍子の音楽)を演奏しているグループもいます。

ビールをおごってもらい、演奏が終われば投げ銭をもらい、お祭りの演奏はなかなか
盛況でした。
ともけん君たちは秋から冬へとバイエルンの田舎町のお祭りや結婚式などにミュゼットの演奏で楽しい経験をして回った後、春には、ボヘミアに帰っていきました。

ともけん君がバイエルンでミュゼットを吹いた何年か後、ミュゼットでは表現できない「歯切れのよさ」を売り物に、アコーデオンがポピュラーになりました。(ドイツ式コンツェルティーナ?)旋律に小回りが利くことや、和音を歯切れ良く演奏できることから、土臭いミュゼットは垢抜けたアコーデオンに取って代わられました。

バイエルンのビールパーティーでは、以前から有るギターや新参のアコーデオンが幅を利かせてきます。
ともけんくんがボヘミアの森を越えることはしばらく有りませんでした。




30年の月日が流れました。

ともけん君は結婚して3人の子供に恵まれました。ともけん君が中年になったある年、村へバイエルンから楽団がやって来ました。
トイツ人の多くは職業技術を持ってボヘミアへ移住することが多く、ともけん君の村の近くにもそんなドイツ人村がありました。楽団はそのドイツ人村(ワイン樽の製造技術を持って移住した村)へ演奏に行く途中にこの村に立ち寄ってくれたのです。

今まで見た事もない金属製のぴかぴかの楽器を演奏しています。小さいのから大きいのまでいくつ者種類があって素晴らしい楽器でした。何でもベルギーのアドルフサックスという人が発明した楽器で、サクソルンという高価な楽器です。

楽団は、バイエルンの伝承曲や、マーチを威勢良く演奏しています。
「あれが吹きたい」ともけん君は金管バンドに引き込まれました。
家業の大麦畑とホップ畑を嫁さんと子供達に任せて楽団に連れだってバイエルンに行ってしまいました。
ボヘミアでは、初のビール工場が出来て、原料生産のため農家は大忙しだったのですが・・そんなことはともけんくんにはどうでもいいことです。

バイエルンで、ともけん君は一生懸命楽器の演奏を勉強します。
中年になってから楽器をはじめるのはとても骨が折れます。
新しい金管楽器はともけんくんにはなじまず、それでも持ち前のセンスと根性で、木管のフルートの優秀なプレーヤーになります。

何年か後、ともけん君は楽団のリーダーになっていました。教会付属の楽団のレパートリーはともけん君の出身のボヘミアのポルカが加わりました。

地元バイエルン以外のものが楽団で責任あるポストに就くことは例外中の例外ですが、ともけんくんの熱意と演奏技術、音楽センスに楽団の関係者誰からもリーダー就任に異議は出ませんでした。

1850年代、オーバープファルツの地方都市ブルクレンゲンフェルト市のビール祭りに、ともけん君の「ヒャッホー」の声が響きわたります。


RETURN